めっちゃ良い!今年ベスト1かもしれない。
70年代のアメリカ映画の面影に胸を締め付けられる。大学生の時に『ハロルドとモード』や『スケアクロウ』を観たあの感覚!久し振りに本当に良い映画を観た時にだけ感じる、五感に染み渡るような幸福感に酔いしれた。良い映画は人生を豊かにするんだなあ。
監督のアレクサンダー・ペインは撮影に入る前にスタッフや役者の人達に70年代のアメリカ映画を参考資料として見せたらしい。
音作りも70年代にこだわっていて、現在主流の5.1chではなくこの映画は3ch。ドルビーサラウンドが主流となる前の時代の映画の音に合わせている。こだわってるなあ。
タイトルの『Hold overs』の意味は「残留者たち」。意味する通りに、この映画は取り残されてしまった人達の映画。舞台となる高校の教師ハナムは、厳格で規律を重んじる性格だが生徒や他の教師から疎まれ、パートナーもいない寂しい中年のおじさん。食堂の料理長のメアリーはベトナム戦争で最愛の息子を亡くしている。学生のアンガスは家族からないがしろにされ、休暇にバカンスに行くつもりが宿舎に取り残されてしまう。
それぞれが喪失を抱えている。この三人の奇妙な関係性がとても愛おしくい。三人は別にお互いの傷をなめ合ったりしない。それどころか最初は傷つけ合い(特にハナムとアンガスは衝突しまくっている)理解しようとしない。けれど中盤ある出来事がきっかけで、この人も自分と同じで傷ついてしまった人なんだと理解する。
三人は宿舎を抜け出してボストンへ出かける。旅先のホテルに泊まったアンガスとハナム。アンガスはハナムに自分がオピオイドを服薬していることがばれてしまう。焦るアンガスだが、ハナムはどこか笑みを浮かべている。ハナムもオピオイドを服薬していたのだ。ここでまるで正反対のようだった二人に共通点が見つかる。
この映画は抱擁、ハグをしない。それは彼らが家族でも恋人でも親友でもないから。あくまで他人。他人といっても、同じ取り残されてしまった人ではある。
ふと隣を見れば、あの人も自分と同じで苦しみを抱えて生きている。その苦しみは人それぞれのもので分かり合う事はできないけど、苦しんでいる人がいる。という事が分かるだけで救われる。その距離感が本当に素晴らしかった。決して抱擁するほどは踏み込まないけど、握手をするくらいの距離で居続ける彼らの関係が羨ましかった。
ラスト、アンガスを庇い学校を去ることになったハナム。アンガスはハナムのもとへ走る。彼らはそこで初めて握手をする。その握手がどんな抱擁よりも固い絆で二人が結ばれているのかが分かって、泣けた。
本当に素晴らしい映画だったけど、ただ一つ意見があるなら、夏のど真ん中じゃなくて冬に観たかった。人恋しい、孤独が浮き彫りになる季節に観たらもっと違うことが観えてくるのかもしれない。また観よう。何回でも観よう。