4月12日。京都シネマで『パストライブス/再会』を観る。
久し振りの京都シネマ。座席が好きなのでお気に入りの映画館だ。
二人の男女の24年間の恋愛映画。いや、厳密には恋愛映画ではないんじゃないかと思う。
韓国に住む少女ノラと少年ヘソンは、互いに恋心を抱いているが、ノラがアメリカに移住した事で離ればなれになる。そして12年が経ち、ヘソンはフェイスブックでノラを探し、オンライン上で再会する。しかしまた小さなすれ違いで二人は離ればなれに。さらに十二年後、ニューヨークで再会して、、、
12年の空白は描かれない。テロップで「12年後」と出されるだけで、僕らはノラとヘソンの離ればなれだった互いの12年間を想像するしかない。
ノラはアメリカでパートナーと出会い結婚していて、ヘソンはどうやら付き合っていた彼女がいたが別れたらしい。
誰にも共有されることのない、誰も知ることのない24年。
この空白こそが、この映画の本質だと思う。彼らは違う人生を生きていて、歩んできた人生も違う。ただその人生で互いが重なり合った数少ない時間だけを描いている。
でも、人と出会うってこういう事なんじゃないのか。ある晴れた昼時、鴨川を散歩していると、三人のおっちゃんが川辺で楽器を弾いて歌を歌っていた。三人のうちの一人は歌に合わせて太極拳をしていた。僕は横に座って、ずっとその歌を聴いていた。あれは紛れもなく、お互いの人生が重なり合っていた。ギターを弾いて歌を歌うおっちゃん、横笛を吹くおっちゃん、太極拳をするおっちゃん、そしてその歌を聴く僕。それぞれの人生の中、ほんの少しの断片が重なり合う時間。それはノラとヘソンのように、とても綺麗で美しい時間だった。
ニューヨークで再会した二人は、ノラの夫アーサーを交えて三人で食事に出かける。バーでのやり取りが本当に良い。
アーサーは韓国語が分からず、ヘソンは英語が分からない。二人とも少し勉強して話せるようになっているらしいが、会話をするには心もとないレベルなのでノラが二人の通訳として会話を繋げる。しかし次第にノラとヘソンが二人だけで話し始める。韓国語だから、アーサーには何を話しているのかが分からない。
二人の会話は、まるでこれまでの離ればなれだった時間を清算しているように思える。ニューヨークのバーで、韓国語で会話する二人の間には誰にも介入することは出来ない。バーに韓国人でも来ない限り、これは二人だけの時間なのだ。
「イニョン」という言葉が印象的。韓国語で「運命」という意味らしく、たびたびセリフとして出てくる。ノラとヘソンのイニョンは誰よりも切なく、誰よりも純粋だ。
帰り、ふらっと寄った百万遍の居酒屋のエイヒレとビールが美味しかった。店の名前は「のら酒房」。イニョンだと思った。